結婚の形態とは?(その7)


明治憲法下では、その第28条で信教自由の原則が保証されたこともあって、宗教による結婚式が増え、結婚のスタイルは多様化していきます。地方においては昔ながらの自宅結婚式が主流でしたが、都市部では、意外に簡略に行える神前結婚がにわかに流行し、神社での結婚式が増えたそうです。今日は「結婚の形態とは?(その7)」として明治から大正時代にかけての形態を見てみましょう。 


<一夫一婦制=一夫一妻制> 

「散切り頭(ざんぎりあたま)を叩いてみれば文明開化の音がする」の都々逸(どどいつ)の一節は有名です。ちなみに散切り頭とは、ちょん髷(まげ)を切り落とした髪型のことで、この歌は散切り頭の人を、近代化の潮流に乗った先進的な人だとして賞賛したものだとされています。明治初期の文明開化とはいわゆる「脱亜入欧」が叫ばれた時代です。ペリーの浦賀来航以来、怒涛の幕末の時期を経た日本が標榜したのは、欧米文化を積極的に取り入れ富国強兵を実現することだったと言えるでしょう。そして欧米に学び追いつくことで対等な関係を模索するためには、キリスト教の文化を受け入れて普及させることであり、その一つとして重要視されていた「貞操観念」に基づく「一夫一妻制」を、あの一万円札の福沢諭吉や初代文部大臣の森有礼(もりありのり)らが中心となって、導入したと言う訳です。刑法では明治13年、戸籍法では明治19年み「妾(めかけ)」は無くなり、明治31年に民法によって「一夫一婦制」が確立いたしました。長い歴史の中で伝統的に跡継ぎを絶やさない為に側室制度をとってきた皇室も大正天皇以降は皇室典範により廃止され、「一夫一婦制」が広く認知され、一般的なものとなったのです。 


<明治憲法に於ける婚姻>  

明治民法での結婚年齢は女子満15歳、男子は満17歳と規定されていましたが、実際には女子は満20歳で男子は22歳だったそうです。初期には一般庶民は「婿入婚(むこいりこん)」でしたが、一夫一婦制の確立と共に「嫁入婚」へと変化していったとされています。明治初期に、妻の氏は「所生ノ氏=実家の氏」を名乗らせる夫婦別姓を明治9年の太政官指令で適用しようとしましたが、次第に慣習として夫の姓に変える様になったとされています。やがて明治31年に明治民法が成立すると、夫婦は,家を同じくすることにより,同じ氏を称することとされる(夫婦同氏制)が採用されるようになりました。これは「家」の制度を導入し、夫婦の氏について直接規定を置くのではなく、夫婦ともに「家」の氏を称することを通じて同氏になるという考え方を採用したものと言われます。また、婚姻の届け出に関しては、明治3年には縁組規則が制定され、華族は太政官に、士族以下は管轄府県へ婚姻を願い出るようになります。また、翌4年に戸籍法が定められ、8月には華族から平民に至るまで身分に関係なく通婚が許されるようになったと言うことです。 


<キリスト教式結婚式・神前結婚式・仏前結婚式>  

明治時代の婚礼は昔からのしきたりに則って、これまでと同様に自宅で行われていましたが、1873年(明治6年)には英国籍の中華系シンガポール人の貿易商タン・ベン・テキ(Tan Beng Teck/陳明徳)と日本女性の磯部和以(いそべわい)が日本で最初とされる西洋式の結婚式を挙げました。また、1878年(明治11年)出雲大社宮司千家尊福が神前式を行い、その内容が「婚禮式(こんれいしき)」として残されています。仏前式の最初は1885年(明治18年)、日蓮宗の僧侶であった田中智學によって創設された「国柱会」の前身「立正安国会」において仏教における結婚式(本化正婚式)の規定が定められ、仏教史上初めての結婚式となったそうです。一方では別の説として、日置昌一氏「ものしり辞典」によれば、明治30年の夏に東京日比谷大神宮の拝殿で、高木兼寛男爵媒酌の神前結婚式が日本で初めて行われ、更にその3年後の明治33年に皇太子嘉仁親王(大正天皇)と九条節子(貞明皇后)が結婚され、正装した男女が宮中三殿に拝礼し、神の前で夫婦の誓いを立てる形式の結婚の儀が行われたことで、社会的にも大きな反響を呼び、一般庶民にも神前結婚式が普及するようになったそうです。更に、仏教での仏前結婚は、明治26年の春に真宗本願寺派の藤井宣正氏が、東京白蓮社会堂で仏前式の結婚を行ったのが最初とする説もあります。 


<大正時代の結婚式> 

大正時代になると、だんだんと都会は娯楽施設も増え、喫茶店の女給さんも洋服を着るようになってきます。身分に限らず自由恋愛も盛んとなり結婚式は簡略化されていきました。基本は変わらず自宅での結婚式です。しかし、欧米から「結婚の儀式もない野蛮な国」とされたことから、神前式でも仏前式でも、キリスト教の結婚式とご祈祷を合わせた様な内容にして普及させたとされています。徐々に神前結婚が多くなり、自宅結婚は減っていったそうです。宴会は料理屋かホテルで行うようになり、熱海や箱根などへの新婚旅行も一般化していきました。ちなみに日本初の新婚旅行は龍馬伝にも描かれた坂本龍馬とおりょう(楢崎龍)の薩摩滞在とする説と、薩摩藩家老の小松清廉(こまつきよかど)夫婦が行った霧島旅行とする説があるそうです。今日は、この辺で失礼します。

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